「基礎から知る サプライチェーン戦略の羅針盤」 9月8日号

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トラック運賃が「法律」になる日

動き出した適正原価制度と、荷主企業が知るべき現実

荷主の担当者と話していると、「適正原価」という言葉を聞いたことはあるが、何がどう変わるのかよくわからない、という声をよく耳にします。無理もないと思います。制度の議論はまだ途上にあり、具体的な数字も示されていない。しかし、2028年6月という期限は動きません。この制度を荷主企業が「トラック業界の内輪の話」として遠ざけていられる時間は、もうあまり残っていないと感じています。

Chapter01

なぜ今、「適正原価」なのか

背景にある問題意識は単純です。トラック運送業は長年、コストに見合った対価を受け取れない構造が続いてきました。1990年の規制緩和で参入が自由化されると、事業者間の価格競争が慢性化し、運賃は下がり続けました。荷主との交渉力の非対称性は、その後30年以上変わっていない。中小企業庁が26年3月に公表した調査では、トラック運送業の価格転嫁率は34.5~36.9%と全32業種の中で最下位水準が続いています。全業種平均が54.2%であることを考えると、コスト上昇分が運賃に反映されにくい構造の根深さがよくわかります。

こうした状況に一定の歯止めをかけようと、国土交通省は2020年に「標準的運賃」を告示しました。ところが、これが思うように機能しなかった。理由は明快で、強制力がなかったからです。下回っても違法にはならない、事業許可にも影響しない。そうした制度の下では、力関係の強い荷主から値下げを求められても断れないという現場の実態は変わりませんでした。26年3月に実施された直近の調査では、改定後の標準的運賃の8割以上を受け取れた事業者は全体の約35%にとどまっています。

この失敗の教訓から生まれたのが、25年6月に成立した「トラック適正化二法」であり、その柱のひとつが適正原価です。

Chapter02

標準的運賃との決定的な差

適正原価を標準的運賃の「改定版」だと思っている人がいるとすれば、それは大きな誤解です。制度の性格がまったく違います。

標準的運賃は「参考にしてほしい水準」であり、守らなくても何も起きませんでした。適正原価は「守らなければ事業が続けられない」水準になります。トラック事業者は自ら運送する場合も他の事業者に委託する場合も、運賃・料金が適正原価を継続的に下回らないことが法律上の義務になります。一時的に下回ることは違法になりませんが、継続的な下回りが確認されれば法令違反です。

さらに大きいのは、許可更新との直結です。トラック運送業の事業許可が5年ごとの更新制になると、適正原価を継続的に下回る運賃での運送を続けている事業者は、更新を認められなくなる可能性があります。標準的運賃との差は、「目安か義務か」という性格の違いだけでなく、「事業を続けられるかどうか」に関わる話になるということです。

荷主にとって見過ごせないのが、是正指導の対象に荷主が含まれる点です。荷主が適正原価を下回る運送を事業者に強いる行為は「違反原因行為」と位置付けられ、行政から働きかけ、要請、そして勧告・公表というステップで是正を求められます。直接の罰則はありませんが、社名の公表という事態は、荷主企業にとって決して軽い話ではありません。

Chapter03

議論は始まったが、先はまだ見えない

制度の大枠は動き出しました。国土交通省は26年7月17日に有識者検討会の初会合を開き、8~9月の関係者ヒアリングを経て、年内に提言をとりまとめる工程が示されています。27年中の告示、28年6月の全面施行というスケジュールです。

ただ、議論の行方は、まだ読みにくい。まず、検討会が決めるのは「算定の枠組み」であり、具体的な金額は示しません。配布資料にも「適正原価の具体的な金額については議論しないことを想定」と明記されています。算定式の骨格は、稼働時間に比例して発生する固定費とキロ数に比例して発生する変動費を足し上げる構造で、人件費は全産業の賃金水準を参照し、車種別・地域別の単価表として提示される方向が示されています。しかし「では実際いくらか」という問いへの答えは、まだ誰も持っていません。

現場からは「一律の設計では実態と合わない」という声が繰り返し上がっています。冷蔵車と平ボディでは原価の中身がまったく違う。都市部の近距離と長距離幹線を同じ基準で括ることへの違和感は、取材すればするほど根強いと感じます。検討会が示している方向性は、標準的運賃の算定構造を踏襲した「大づかみな設計」ですが、そこに収まりきらない現実がある。荷主の立場から見れば、この「大づかみ」な設計が実態からどの程度乖離しているかによって、告示後の自社コストへの影響が大きく変わってくる可能性があります。だからこそ、数字が出る前から自社の状況を把握しておく意味があるのです。

荷主・産業界の側からは別の懸念も出ています。制度が「運賃の上限」として機能し、現在すでに標準的運賃以上を受け取っている事業者の運賃が引き下げられる逆効果を心配する声です。制度が目指す方向と、実際に起きうる影響の乖離。これを検討会がどう整理するかが、制度の実効性を左右します。

結局のところ、制度が機能するかどうかは、最終的に告示される数字の水準次第です。枠組みがどれだけ整っていても、実態から乖離した水準が示されれば「義務化された目安」で終わる可能性がある。その点だけは、荷主企業も傍観者として見ていてはいけないと思っています。

Chapter04

「告示が出てから考える」では遅い理由

数字がまだ示されていない以上、対応は告示後でいいと考える企業が多いでしょう。ただ、荷主企業が今動き出すべき理由が2つあります。

ひとつは期限の問題です。26年4月に施行された改正物流効率化法で、一定規模以上の特定荷主企業には物流統括管理者(CLO)の選任と中長期計画の策定が義務付けられています。その初年度の提出期限が26年10月末に迫っています。適正原価の施行は28年ですが、中長期計画にその対応方針を盛り込まないまま提出することは、CLOを置く趣旨と噛み合いません。告示を待ってからでは、計画の修正が後追いになります。

もうひとつは、現状把握の問題です。自社が発注している運賃が標準的運賃に対してどの位置にあるかを、正確に把握している荷主企業は多くないと感じています。適正原価が告示された後、乖離が顕在化してから取引先との関係を整理しようとしても、それは相手にとっても自社にとっても混乱の種になります。今のうちから数字を把握し、取引先との対話の土台を作っておくことが、結果的に双方にとって無駄のない準備になります。

Chapter05

数字が出る日を、どう迎えるか

27年中に適正原価が告示される日、業界に何が起きるか。おそらく多くの荷主企業が、その数字を初めて見て自社の物流コストへの影響を計算し始めるでしょう。そこから取引先との交渉や社内の予算見直しを動かそうとすれば、時間が足りなくなることは目に見えています。

議論が途上にある今だからこそ、やるべきことはシンプルです。現在の運賃水準を把握し、CLOの中長期計画に方針を盛り込み、取引先との対話を始める。数字が出た日に即座に動ける状態を作っておけるかどうか。それが28年以降の対応力の差になると、取材を重ねながら感じています。

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著者プロフィール

刈屋大輔(かりや・だいすけ)
ジャーナリスト/青山ロジスティクス総合研究所代表。専門紙「輸送経済」記者、「月刊ロジスティクス・ビジネス」副編集長などを経て現職。著書に『知識ゼロからわかる物流の基本』『ルポ トラックドライバー』など。「LOGISTICS TODAY」編集委員を兼務。物流・ロジスティクス分野の最新トレンドをわかりやすく解説するnoteマガジン「物流ニュースなび」を無料配信中。 

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