「基礎から知る サプライチェーン戦略の羅針盤」 8月26日号

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コールドチェーンとは何か

その仕組みと歴史と最新リスクをわかりやすく解説

8月12日号では、ニチレイグループへのサイバー攻撃を取り上げました。物流システムの停止がKFC(日本ケンタッキー・フライド・チキン)の店舗休業から学校給食への影響まで連鎖した約10日間は、「コールドチェーン」というインフラの存在を社会に可視化しました。あの記事を読んで「そもそもコールドチェーンとは何か」と思われた方もいるかもしれません。今回はその問いに正面から答えます。定義から歴史、仕組み、そして今まさに直面している複合的なリスクまで、順を追って解説します。

Chapter01

コールドチェーンとは「温度管理された物流の連鎖」

コールドチェーンとは、生産から消費まで一貫して適切な温度を保ちながらモノを届ける物流の仕組みです。直訳すれば「冷たい連鎖」ですが、必ずしも冷やすだけではありません。冷凍(−18℃以下)、冷蔵(0~10℃程度)、定温(15~20℃程度)など、品目に応じた温度帯を保ちながら、産地から加工、保管、輸送、販売、消費という各工程を途切れることなくつないでいくことが本質です。

「チェーン(連鎖)」という言葉が示す通り、途中の1カ所でも温度が途切れれば連鎖は断ち切られます。食品であれば腐敗や品質低下、医薬品であれば効能の喪失、精密部品であれば特性変化が起きます。7月のニチレイの事案で「モノはある、倉庫も動いている、しかし出せない」という状態が生まれたのは、温度管理の記録というデジタルの連鎖が切れたからでもありました。

コールドチェーンの対象となる品目は年々広がっています。冷凍食品、生鮮食品、乳製品はもちろん、ワクチンをはじめとする医薬品、半導体や精密電子部品なども温度管理の対象です。かつては「食品物流の話」だったコールドチェーンは、今や社会インフラ全体に及ぶ概念になっています。

Chapter02

なぜ日本にコールドチェーンが根付いたのか?

コールドチェーンの原型は19世紀にさかのぼります。北海道で天然の氷を切り出して東京まで運ぶ「氷の貿易」がその走りで、明治期には冷蔵倉庫業も始まっています。ただし当時は、一部の富裕層や料亭向けの高級食材を扱う限定的なものでした。

産業として本格的に動き出すのは高度経済成長期です。1950年代後半から60年代にかけて家庭用冷蔵庫が急速に普及し、スーパーマーケットが全国に展開されると、冷凍・冷蔵食品の大量流通を支えるインフラが必要になりました。ニチレイ(当時・日本冷蔵)、雪印、味の素冷凍食品といった企業が低温物流インフラを整備していったのは、まさにこの時代です。

1970年代には外食チェーンの拡大が需要をさらに押し上げます。マクドナルド、ケンタッキー、ファミリーレストランチェーンが全国に店舗を広げるためには、均一な品質の食材を均一な状態で全国に届けるコールドチェーンが不可欠でした。この時代に今日の低温物流インフラの基盤が形成されたと言っていいでしょう。

2000年代以降はEC・ネットスーパーの拡大により、生鮮食品の宅配という新たな課題が生まれます。そして2020年代、コロナ禍でのワクチン輸送は超低温(−60℃以下)という新しい温度帯の重要性を社会全体に知らしめました。

Chapter03

産地から食卓まで コールドチェーンの仕組み

コールドチェーンの構造を、食品を例に産地から消費者の手元まで追ってみます。まず産地・工場での「予冷」から始まります。収穫、加工直後の食品は品温が高く、そのまま出荷すると輸送中に品質が劣化します。出荷前に品温を適切な温度まで下げる「予冷」が、コールドチェーン全体の品質を左右する最初の関門です。

次に冷蔵・冷凍倉庫です。温度帯ごとに区画が分かれた施設で、冷凍(−18℃以下)から定温(15~20℃)まで複数の温度帯を同一施設内で管理しているケースも多い。入出庫のたびに扉の開閉が発生し、温度変化が起きます。その管理こそが専門事業者の腕の見せ所です。ニチレイが担っていたのはまさにこの領域で、年間約5000社が利用する国内最大級のコールドチェーンのハブがそこにありました。

幹線輸送では冷凍・冷蔵トラックが活躍します。長距離輸送中もエンジンをかけたまま冷却装置を動かし続け、温度を維持します。法令で定められた休憩中も冷却装置は動かし続けなければならず、燃料コストと管理の手間がかかります。後述する2024年問題がコールドチェーンに特に深刻な影響を与える理由のひとつがここにあります。

ラストワンマイル領域(宅配便や店舗への配送)が、実はコールドチェーンが最も切れやすい区間です。トラックから荷下ろしする際の温度上昇、消費者が「買い物帰りに寄り道」する間の温度変化まで含めれば、コールドチェーンは消費者の冷蔵庫に食品が収まる瞬間まで続いています。

Chapter04

「日本品質」がアジアのコールドチェーンを変える

半世紀をかけて磨き上げてきた日本のコールドチェーンは今、国際的な注目を集めています。背景にあるのは食品ロスの深刻さです。東南アジアや南アジアの多くの国では、収穫した農産物の相当部分が流通過程で腐敗、廃棄されます。冷蔵倉庫が少なく、輸送中の温度管理が徹底されていないためで、コールドチェーンの整備は食料安全保障に直結する課題です。この問題に対して、日本が半世紀かけて構築してきたノウハウは、具体的な解決策として機能します。

国土交通省はすでに動いています。ASEANをはじめとするアジア諸国への普及を目指し、事業者間での低温物流サービスに関する規格を日本語・英語の2か国語で発行しました。ASEAN各国政府がコールドチェーン物流ネットワークを整備する際の参考基準として策定されたもので、日本の物流事業者の海外展開を後押しする狙いもあります。また政府は新興国での市場拡大を見据え、ASEANと低温物流の標準化にも取り組んでいます。

民間でも動きは出ています。ニチレイロジグループは国内で培ったノウハウを活かし、欧州を中心にアジアにも展開を広げています。タイには「日本品質」の低温物流サービスを提供するASEANのハブ拠点を持ち、海外向けと現地向けの両方を担っています。

ただ、アジア展開には壁もあります。「高品質だが高コスト」という日本の物流の構造的な問題は海外でも同様に問われます。日本式の品質を保ちながら現地事業者とコスト面で競争できるかどうか。そこを乗り越える方法を見つけられるかが、今後の展開を左右するでしょう。

Chapter05

コールドチェーンはいま、なぜ危機にあるのか?

これだけ社会に不可欠なインフラでありながら、コールドチェーンは今、複数の危機に同時に直面しています。

ドライバー不足と2024年問題

26年4月施行の改正労働基準法によって、トラックドライバーの時間外労働の上限規制が強化されました(いわゆる2024年問題)。冷凍・冷蔵トラックのドライバーは温度管理の専門知識も必要で、一般のドライバーより育成に時間がかかります。休憩中の冷却管理という特有の手間もあり、ドライバー不足が他の輸送モードより深刻に出やすい領域です。

サイバーリスク

7月に発生し、当コラム8月12日号で取り上げたニチレイの事案が示したのは、コールドチェーンがデジタルインフラへの依存度が高い領域だということです。入出庫管理、温度管理記録、在庫管理、配送指示がすべてシステムに依存しており、サイバー攻撃でシステムが止まると物理的な設備が無事でも機能しなくなる。「モノはある、しかし出せない」という状態が現実のものとして起きることを、業界全体が目撃した10日間でした。

老朽化と2030年問題

より静かに、しかし確実に進行しているリスクがあります。冷凍冷蔵倉庫の「2030年問題」です。1980~90年代に建設された多くの冷凍冷蔵倉庫はHCFC(代表的な冷媒はR22)を使用していますが、このR22はオゾン層破壊への影響からモントリオール議定書で規制され、日本では2020年に生産・消費が原則全廃されています。既存設備への補充用の特例も2029年末には失効します。代替冷媒への転換には大規模改修か建て替えが必要で、国内の営業用冷蔵倉庫の約4割が築30年以上という現状と重なり、2030年前後に供給量が大幅に減少するリスクがあります。

一方で需要は増え続けています。日本冷凍食品協会によれば、24年の冷凍食品の国内生産金額は約8000億円と過去最高を更新しました。供給が縮み、需要が増える。その帳尻は最終的に物流コストの上昇という形で荷主に転嫁されていきます。

Chapter06

見えないインフラが支える、見える食卓

コールドチェーンは今や食品だけの話ではありません。医薬品・半導体・精密部品まで対象が広がり、社会インフラとしての重要性はかつてなく高まっています。それを支えるシステムへのサイバー攻撃が現実に起き、倉庫の老朽化と冷媒規制の期限が迫り、担い手となるドライバーは減り続けている。

7月のニチレイへの攻撃は、コールドチェーンというインフラの存在を一時的に可視化しました。しかし本来、コールドチェーンは「見えないこと」で機能しているインフラです。食品が当たり前に冷えた状態で届き、ワクチンが効能を保ったまま医療機関に届く。その当たり前の裏側に、半世紀をかけて積み上げてきた物流インフラがある。そのことを知っておくだけで、サプライチェーンを見る目は少し変わるはずです。

著者プロフィール

刈屋大輔(かりや・だいすけ)
ジャーナリスト/青山ロジスティクス総合研究所代表。専門紙「輸送経済」記者、「月刊ロジスティクス・ビジネス」副編集長などを経て現職。著書に『知識ゼロからわかる物流の基本』『ルポ トラックドライバー』など。「LOGISTICS TODAY」編集委員を兼務。物流・ロジスティクス分野の最新トレンドをわかりやすく解説するnoteマガジン「物流ニュースなび」を無料配信中。 

https://note.com/clever_spirea107

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